(2012年11月1日)
医療現場における医療ガス関連の事故を防止するために、尾崎塾では種々の啓蒙活動を実施してまいりました。
しかし、残念ながら未だに悲惨な事故が毎年のように報告されております。なかでも、死亡事故に直結する二酸化炭素ボンベの取り違え事故は、平成14年の接続バルブの特定化措置を経ても引き続き発生しています。
これらの事故は、ボンベとホースアセンブリの色識別が統一されないことに起因していると考えられます。これらを直ちに是正統一することは困難としても、現状を放置すると、内視鏡手術、ECMO(体外式膜型人工肺)などが急増する現況では、先般と類似事故が発生することは必至と推測せざるを得ません。
現在、各方面で二酸化炭素ボンベの上部1/3を橙色に塗色して、色識別でボンベ誤認を防止しようとする動きが始まっています。私たちもすでに、本HP内で紹介していますように、同様に赤い帯をボンベに巻くことで間違いを防止しています。また、移動不可能な圧力調整器に変更する案を提案し、当院ではそのように変更を実施しました。
実は、私達はそれだけでは不十分なように思えてなりません。確かに上部塗色は効果があると考えますが、それだけでは十分でないという理由を以下に述べます。
最大の理由は、臨床現場におけるボンベ種類の認識は、主に「色だけ」に頼っているからです。もし、新たな種類の医療ガスが医療現場に持ち込まれたと考えると、また同じ問題が発生し、是正されるまで再び事故が繰り替えされると想像します。
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たとえば、この写真のボンベをよく見てください。
★当院自作の赤帯がなければ、ガス種は「色」でしか判別できません。
★ボンベラックに収められた位置がこの位置ならな、ガス種の「印字」は見えません。
★上部のシールもよく見れば「バーコード」で、ガス種の書いてあるシールは背面にあります。
★打刻印に至っては、多くのスタッフに存在すれ知られていません。
識別色を間違える ⇒ 移動可能な圧力調整器使用
たった、これだけで死亡事故が起き得ます。色以外には誤認防止の措置が無いのです。
では、次に臨床現場でボンベを認識するときの視線を考えてみます。
皆様も、おそらくは上から見下ろす角度でボンベを見ていると思います。
ちょうど次の2枚の写真のような角度で見ています。
しかし、見下ろす位置から見たボンベの視認面には、そこにもガス名が明確に印字された表記を発見できません。
少し側面が見えていても、先ほどと同じように、ボンベが後ろを向いてボンベラックに収納されてれば、ガス名表記をどこにも発見できません。
「もし、色の認識を間違えれば」と考えると、なんと恐ろしいことだと感じませんか?
この写真のように、少し腰を折り曲げて、視線を下げれば、「ガス名」が入ったシールが貼ってあり、「酸素ボンベ」であると確認できます。
しかし、小さな印字で、目立たない表記では、視認性が決して良いとは言えません。老眼で、腰の悪い私には、このシール表記は確認不可能です。さらに、往々にして、ボンベは部屋の隅で薄暗いところに置かれるために、そのような状況下では視認性は悪化すると思われます。
そこで、次のような印字をボンベの肩部、もしくは上部に、大きく太くはっきり、日本語表記で印字することを提案します。
★これによってボンベを手にする時点で、字が読めればガス種を理解できます。
実は、この対策には、単に視認性の向上以外にも、重要な意義が存在します。
当院手術室の補助婦さん達は、写真1の赤帯の二酸化炭素ボンベを毎日見ているうちに、知らず知らずに学習しているのです。すなわち、緑のボンベは二酸化炭素が入ったボンベで、二酸化炭素は化学ではCO2と表記されるということを容易に学習しています。
色識別ついて学習したことのない、医療職ではない補助婦の彼女たちに「二酸化炭素ボンベを下さい」というと、間違えることなく二酸化炭素ボンベを運んで来てくれます。しかし、彼女たちは、大きく明確に日本語表記されない「酸素」ボンベについては、何の知識もありません。
この点が重要なポイントです。ガス種と色と表記の関連性を常に学習させておくという意味でも、上記写真のように「大きく、しっかりした太さ、視認性の良い場所、日本語表記」の印字が必要なのです。
★「誤認した場合に危険なガス種だけに、ボンベ上部の塗色を施すだけでは不十分」です。
★必要なガス「酸素」にも、明確な印字をして、自分が使用しているガスが「酸素」であると確認させることも重要であると考えます。
以上から、尾崎塾では下記を提案します。
⒈医療現場に搬入する全ボンベの肩、もしくは上部1/3 の部分に、以下の各項目をそれぞれ2か所に大きくに明記する
①内容ガスの化学記号
②内容ガスの日本語表記
(理由:ボンベラックに入った状態でどの角度からも判読でき、医療職以外も読解可能)
⒉医療現場に搬入する二酸化炭素(CO2)ボンベの肩部、もしくは上部1/3部分を橙色に塗色をする
ところで、鳥取大学名誉教授の佐藤暢先生もボンベ上部の塗色を推進され、かなり以前から 国に働きかけてこられていたそうです。恥ずかしながら今年になってはじめてそのこと知りました。
私たちも昨年からPMDAを通じて厚生労働省に働きかけようとしましたが、佐藤先生が苦労されたことの記事を拝見し、私たちでは状況の改善には力不足であり、時間がかかり過ぎることを思い知りました。
そこで、臨床現場と民間の力で、防止策の具現化を早期に図る方針に切り替えました。実は、笑気ボンベの2色塗色は、高圧ガス保安法ではなく、一般社団法人日本産業・医療ガス協会(JIMGA)の協会基準で決められていることを知りました(保安法では灰色)。
すなわち、同じように塗色や印字の変更をJIMGAに働きかける方針にしました。そして、この度、日本医療ガス学会の総会において、上記をJIMGAに提案して、より安全な防止策を講じようと考えた次第です。
さて、二酸化炭素の上部塗色に関しては、先般の事故以降、すでに変更に着手する業者もあり、基準が変更される可能性は高いと推測します。二酸化炭素のボンベ肩部への日本語表記の印字についても、一緒に可決される可能性が十分にあると思います。
問題は、酸素ボンベです。圧倒的に数の多い酸素ボンベは、全てのボンベに印字するには時間がかかり、経費も大きくなることが予測されるほか、印字されたボンベと印字されないボンベが混在することに危険性があるとして、提案が却下される可能性があります。
しかし、4本ラックに4本の酸素ボンベが収納されている状況を想像してください。仮に1本にでも、「酸素と書いてあるだけで、状況は一変すると想像します。きっと「そうそう黒は酸素なんだよね」と思いながら、安心して、他の黒ボンベをもって行くのではないでしょうか?
さらに、印字された酸素ボンベが一定の数になるまでは、白のマジックで自分達自身が印字するという手もあると思います。部署部署で記入すれば作業量は僅かで済むはずです。
自分のことは自分で守る、自分たちの患者は自分たちで守る、これががやはり基本ではないでしょうか。私たちが行う、この活動もまったく同じです。医療現場の安全は、医療に係わる私たち自身で獲得し、達成しなければなりません。
そこで、関係各位の皆様にJIMGAへの嘆願書署名をお願いし、医療者、医療関係企業の切実な声を届けようと決断し、平成24年11月1日から嘆願書のお願いを開始しました。嘆願書は11月17日に開催された日本医療ガス学会の総会において、ご署名頂いた皆様全員の連名でJIMGAに正式に提出を致しました。その嘆願者数は法人・組織・企業が17団体、個人としての嘆願者が664名で、多くの貴重な意見が付記されていました。僅か3週間足らずにこれだけの賛同が得られ、本当に関係各位には心から厚く御礼申し上げます。
結果は協会の今後の協議に委ねられることになりましたが、嘆願者の内訳をご覧いただくと簡単には無視できないものと考えます。
その後の顛末:嘆願はJMGAに無視され、お蔵入りになってようです。そして、驚いたことに代替の対応としてJIMGAは赤いシールを液化炭酸ガスボンベに貼付することを推奨しています。JIMGAが対応してくれないので考え出した赤いラベルをボンベに貼るという私達の案が採用されました。ボンベの塗色や大きな日本語表記はどうなったのか分からないまま、これで良しとされるJIMGAの対応には疑問を呈さずにはおれません。
なお、笠井健氏は実際にボンベ印字を行う上での手技の確立、問題点の洗い出し等について、すでに予備実験を開始し、検討して下さっています。安価な方法や丸みのあるボンベ肩への印刷についても、素晴らしい手段を具現化されつつあります。必ず近いうちにご紹介できるとお約束できそうな出来上がり具合です。このようにJIMGA任せに決してせず、自分たちで難題を克服される努力には頭が下がる思いです。また、臨床家だけの意見では、机上の空論になる部分をしっかりとサポートして頂いており、感謝するとともに、厚く御礼申し上げます。