ICUの神様

神戸百年記念病院 麻酔集中治療部・尾崎塾 尾崎孝平

⒊祟り、罰当たり

 

一方で、患者が不幸にも亡くなるときには、神は我を見放されたと嘆くこともある。しかし、神への祈りに代償を求めるのは不信心者の烙印が押されることはご存じの通りである。神に祈っても、貢物をしても、思い通りにならないことがあるのは紀元前からの不変の事実である。ところが、信仰を蔑ろにすると祟りが起き、罰がくだされるのである。つまり、戒めを破る行為は危険を呼び込む。

 

ICUの神様を蔑ろにすると、ガイドラインにそっていても、不思議と中途半端なことしかできないものである。たとえば、不整脈が出現したり、尿量が減少したりする程度ならばともかく、もっとも厳しい罰である医療事故が起きることもある。問題は、謙虚でなく、不遜な対応をするICUでは、神様を蔑ろにした結果として、単に医療事故であったものが医療訴訟に発展するということである。

 

私は医療事故調査会というNPOにおいて、ICUや麻酔関係の医療訴訟事件の鑑定意見書を書く仕事もしている。医療訴訟事件の特徴は、たとえ医療が一定の水準にあっても、患者側からみて医療側に不遜な態度や、気持ちを踏みにじる言葉が例外なく存在する点である。私はこのような事件が発生するICUのスタッフにこそ、ICUの神様をもっと大切にして欲しいと切望せずにはいられない。