ICUの神様

神戸百年記念病院 麻酔集中治療部・尾崎塾 尾崎孝平

⒈私の信仰心

 

私は決して信心深い人間ではない。確固とした宗教心を持つ訳でもない。しかし、漠然と神々は山に住み、森に宿り、湖に潜んでいると感じている。私達のルーツである万葉人も、神々を自然のなかに織り込んだ歌を数多く詠んでいる。たとえば、雲は山々の神が吐く息だと感じ、川の激流は荒ぶる神の思いの丈と畏れる。おそらく私にもこの日本人特有の多神教の血が流れているように思う。そして、私のなかのこの部分が「ICUには神様がいる」と思っているのである。

 

何年か前に「トイレの神様」という歌がヒットして、紅白歌合戦でも披露されるほどの人気を博した。この歌はトイレに棲む神を拝めとは言っていない。いつも他の人のことを思い遣る気持ちでトイレを掃除し、自らもトイレを綺麗に使うことによって、家庭の安寧を守り、女性らしく生きよと教えている。さらに、それを受け継ぐ娘や孫娘も女性として幸せになれるのですよ、という思いがこの歌の行間にはしっかり詰まっている。

 

同じように、大地の民が野山の神々を尊んで自然と謙虚に向かいあうことは、結果として自然を護り、自分たちの生活を守ることになっている。つまり、私はICUの民であり、彼らと同様にICUの神様を謙虚に信じることで、ICUから多くの恩恵を受けているように思うのである。

 

たとえば、狩猟民のマタギは森や動物に神が宿っているかのように神聖に接する。同じようにICUスタッフがICUのことを真に大切に思うことは、患者と謙虚に向かいあえる精神をもてることを意味し、これによって患者や患者家族との信頼は深くなる。

 

私は、単に幸運であったのかもしれないが、私が在籍してきたICUにおいて一度も医療訴訟された経験がなく、「訴えてやる」の一言をも耳にしたことがない。これはICUの神様の恩恵に他ならないと私は信じて疑わない。この恩恵に浴することができると、医療訴訟を気にして不信感を煽るような説明(俗にinformed misconsent)をすることもなくなる。そして、その気概は必ずICUの他のスタッフにも伝わり、ICUの雰囲気も変わってくるものである。