尾﨑塾とは

自発呼吸パターンの定義


朗報:日本呼吸療法医学会2014年度第1回理事会で「呼吸パターンアセスメントプロトコール(案)」ワーキンググループの立ち上げが正式に認められ、尾崎が担当理事として活動を開始することが正式に決定しました!

多くの書物に「正常な自発呼吸パターン」「努力性呼吸パターン」などの言葉が多く出現します。しかし、どのような呼吸パターンをもってそのパターンであるのかが明確に定義されていません。

呼吸に関して様々な問題に取り組んでいる私達ですが、呼吸療法に関わる多くの方々が感覚的な判断で曖昧にしか呼吸を見ていないと感じています。私は呼吸療法の大前提である自発呼吸パターンを定義しないことは、その根幹を疎かにしているという誹りを免れないと考えてきました。今回、人工呼吸離脱プロトコール作成のワーキンググループでの活動に際し、今ここで自発呼吸をしっかり定義すべきであるという強い思いが湧き上がってきました。

そこで、尾崎塾で独自に自発呼吸を定義することにしました。正確性やエビデンスを厳しく問われる学会を離れて、まず自由闊達に自発呼吸を定義して、その後に学会などで検証して頂くことが、現実的であると考えた次第です。

しかしながら、自発呼吸を正確に定義することは大きな困難を伴います。その理由は以下に挙げる要因の存在です。

 

1.呼吸はバイタルサインの中で唯一随意調節が可能であること

 

2.呼吸回数、一回換気量をはじめ多くのパラメーターがファジーな動き(ゆらぎ)を有する

 

3.代償的な反応が簡単に認められる

 

4.安静時の定義がなく、睡眠中、意識下休息時、臥位か坐位かなどが特定されない

 

したがって、厳密性には欠けても、ある程度の具体性を有する定義の方が臨床的に有用であると考え、今回の定義を作成しました。特に臨床現場で呼吸療法スタッフの後輩達が使用できる価値のあるものにしたいと考えていいます。

褒められたものであるとは決して考えておらず、多方面からのご意見を頂戴したいと考えております。何卒、ご指導ご鞭撻を頂戴したく存じます。

なお、ご意見はozakiseminar@gmail.comにお願い申し上げます。


【正常呼吸パターン:成人】

呼吸パターンには個体差が大きく、感情や思考でも容易に変化し、正常な呼吸パターンを定義することは非常に困難で、実際に呼吸パターンを具体的に定義したものはない。私達は呼吸を「動きの成分」と「時間の成分」に分けて観察することを推奨しており、ここでも呼吸パターンを「動きの成分」と「時間の成分」に分けて定義する。

【動きの成分】

我が国の呼吸理学療法において以下の分類が多用されており、これに従う。

 

1.安静時正常自発呼吸パターン:以下の3パターンである。

① 腹式呼吸

② 胸式呼吸

③ 胸腹式呼吸

 

a.覚醒している場合には、個々個人で優位になる呼吸パターンは異なり、①②③のいずれかが正常ということはない。鎮静されると腹式呼吸が有意になる個体が多い。

b.①~③いずれのパターンも呼気時には呼吸筋活動を認めず、吸気時に拡張された肺と胸郭がその弾性によって受動的にもとの位置に復する。したがって、呼気時に呼吸筋活動を認める場合には努力性もしくは意図的な呼気であると判断する。

c.腹式呼吸という名称であっても骨性胸郭に少しの動きを認める。また、胸式呼吸であっても横隔膜に多少の動きを認める。

d.世界的な呼吸理学療法の教科書である"The Brompton Hospital Guide to Chest Physiotherapy"では、呼吸パターンを単に下部胸式呼吸と上部胸式呼吸に分類するだけで、前者が安静時呼吸パターンで、後者が後述する努力性胸式呼吸に相当する。しかし、患者に指導する際に「腹式呼吸」という言葉は具体的理解されやすく、わが国では正式な呼吸様式の一つと認識されている

 

【腹式呼吸】

心窩部から臍部にかけての上腹部腹壁が横隔膜の安静時の振幅である1.5㎝程度前方(腹側)に移動する。このとき横隔膜が下降する分だけ若干尾側にも移動し、剣状突起との距離が拡大する。また、腹式吸気に伴って下部胸郭の前・側方の外周が若干拡張する。

 

【胸式呼吸】

上部前胸壁が上前方(頭側腹側)に移動しながら骨性胸郭部が全体に拡張する。このとき上腹部は呼気位を維持するか、運動を認めても僅かに胸腔側に陥凹が認められる程度である。

 

【胸腹式呼吸】

上記の腹式呼吸と胸式呼吸の両方の成分を有する。両者は必ずしも均等で同期した動きでなくてもよく、どちらかが優勢あるいは若干の位相のズレが存在する場合も多い

 

【時間の成分】

■ 時相

安静時の正常な自発呼吸には、以下の4相が存在する

 

①吸息時間 :実際の吸気運動が視認できる時相

②ポーズ時間:吸息から呼息に転換される時相で、呼吸運動は限りなく停止に近い状態

③呼息時間 :実際の呼気運動が視認できる時相

④休止時間 :呼息終了から次の吸息開始までの時相で、呼吸運動は停止に近い状態

 

各時間は個体差が大きく、また睡眠や鎮静された状態と覚醒している状態で異なる。

注意すべきは、呼吸を意識した場合で、意図的な呼吸になり安静時呼吸と判断すべきではない。

各時相の正常値として記載されたものはなく、現時点では目安として記載する。

①吸息時間 : 1〜1.5秒
②ポーズ時間: 0.2秒
③呼息時間 : 1〜1.5秒
④休止時間 : 1サイクル時間から①②③を除いた時間

■ 呼吸数(様々な分類や定義が存在する)

  正常呼吸回数 10〜24回/分 21回/分を持続的に超えると頻呼吸前段階と考える
  頻呼吸 呼吸回数25回以上 30回/分とするものも多い
  徐呼吸 呼吸回数9回以下  

【努力性呼吸:成人】

努力性呼吸は安静時の呼吸に使用する以外の呼吸補助筋の活動を認める場合、安静時に使用する呼吸筋であっても安静時活動以上の過剰な筋運動を認める場合と定義する。

 

1. 努力性呼吸の呼吸筋活動が呼吸のどの時相に認められるかを検討する必要がある。少なくとも吸気時、呼気時、あるいはその両方で認めるのかを確認する。

2. 呼吸不全の努力性呼吸は、胸式呼吸が増幅された「努力性胸式呼吸」が基本になる。吸気努力が大きくなると頸部・上胸郭の運動が伴うようになる。

3. 腹式呼吸で横隔膜を意図的に大きく下降させることは可能である。つまり、意図的に努力して腹式吸気で換気量の増大を図ることは可能である。しかし、努力性胸式の吸気中に腹式吸気(横隔膜下降)を同時に行うことは、人間には不可能である。すなわち、呼吸不全時に認められる努力性吸気は、増幅された胸式吸気である「努力性胸式呼吸」である。

【動き成分の評価】

 

【吸気時】

1.吸気位は、安静時の胸式呼吸における前胸部の吸気終末位置が、さらに頭側と腹側方向(上前方向)に移動し、吸気振幅が大きくなる。

2.ただし、安静時に胸郭が拡張していく方向と同じ延長線上に吸気位が移動するのではなく、吸気後半では移動していく方向が変わり、腹側(前方)へ移動する割合が大きくなる。

3.胸骨下端・剣状突起部分から上腹部腹壁までの部分は、努力性吸気で発生した大きな胸腔内陰圧によって陥凹する。しかし、両側の前胸部肋骨部分(乳頭付近)は若干腹側に拳上し、胸骨部分との高低差が大きくなる。この動きをbutterfly movementと呼ぶ。

 

【呼気時】

1.呼気努力を伴う場合、内肋間筋をはじめ骨性胸郭に付着する呼気補助筋が収縮し、吸気終末位から直線的に最短距離で吸気開始位に戻る。この際、吸気時の通った経路(トレース)を戻らない。

2.さらに呼気を促進する必要がある場合には、腹壁の腹直筋・腹斜筋などが収縮し、呼気を促進する。

3.このとき陥凹した上腹部が膨らむように見えるが、上腹部は剣状突起と恥骨結合が一直線になるように緊張し、腹式吸気のように膨らむ訳ではない。

 

★吸気・呼気時のこれら一連の動きが、シーソー様呼吸と呼ばれる呼吸パターンである。

 

【時間の成分の評価】

吸息時間と呼息時間は、一般的に肺にコンプライアンスの低下では短縮傾向を示し、気道抵抗の増大では延長傾向を示めす。ただし、呼吸筋の能力や疲労によって上記の傾向は大きく変化する。

また、呼吸回数の増加(1呼吸サイクルの短縮)や不安、低酸素血症、高炭酸ガス血症、気道反射の異常によっても各時相時間は大きく修飾される。

変化した時相は、1呼吸サイクルのなかで他の時相にも影響を与え、他の時相時間の延長・短縮、呼吸数に変化を及ぼす

したがって、正常からの解離する時間だけでなく、時相割合の変化を観察すべきである。

 

 

【呼吸補助筋活動の把握】

①吸気補助筋として確認すべきもの
  胸鎖乳突筋  
  斜角筋 (中斜角筋・後斜角筋)
  僧帽筋 (重症の呼吸不全時になってから確認される)
②呼気補助筋として確認すべきもの
  腹直筋・腹斜筋

筋腹を指尖(示指~環指の2~3指)で体表から軽く圧迫し、吸気あるいは呼気に一致した筋収縮が認められるか否か検討する。筋収縮は、緊張の程度を注意深く視診触診し、吸気および呼気の各相の初期なのか、終末なのか、持続的なものかを検討し、努力呼吸の改善・増悪を判断する。

 

【その他】

①鼻翼呼吸

吸気時に鼻翼が張って鼻孔が大きくなる現象。呼吸努力の増加を示す兆候で、乳児では呼吸窮迫の重要な所見の一つであり、成人で認められる場合にも、呼吸不全兆候と考えて対応する。

 

ただし、鼻翼呼吸は呼吸不全に特異的な所見とは言えず、乳児の場合にもその原因の多くは重篤ではないが、時として生命を脅かす病態であることもあるとされる。

(2013年12月1日初版)

(2014年1月19日第1回改訂)

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